自己紹介

プロフィール
年収・家族構成
従業員3,000人程度の大手運送会社でトラックドライバーの採用をしています。
社歴は20年程度です。担当エリアの面接官として年間100人以上の面接をしています。
トラックドライバーが100人程度、一般職員が20名程度働いている支店の総務担当もしているので、トラックドライバーへの指導から人生相談まで受け持っています。
年齢:現在46歳
家族構成:妻一人、子供なし
年収:650万円程度 (もう少し欲しい)
妻の年収:250万円程度(工場の派遣社員)
取得資格
行政書士・宅地建物取引主任者(法律が得意です)
第一種衛生管理者・運行管理者(運送業なので)
損害保険販売資格(上級までもっています)
FP技能士2級(1級も税務以外は合格)
簿記3級(経理業も少しやってます)
職歴:個人事業期

自分の学力で無理なく合格する大学に入学。しかし、周りと馴染めず1年で退学を決意するが、両親から止められて1年間の休学に変更し、世界を回る旅に出る。
帰国後、旅行中に買い貯めた商品をフリーマーケットに出品し始める。
フリーマーケットで知り合った方に、お店を紹介してもらい初めて自分の店を持ち、その売り上げを大学の学費に充てる。
その後、ギリギリの単位で卒業。
個人雑貨店を開業
いわゆる就職氷河期であった為、就職しようとはせず、大学時代に開店した輸入雑貨のお店を経営する。数店舗で展開していましたが、100円ショップに似たような商品が出回はじめため、24歳で事業を撤退する。
父の会社の手伝い
同時期に、従業員8名程度の小さな会社を経営していた父親が病に倒れたためその経営を手伝うことになりました。
2年ほど経営に携わり、法人経営の基礎を学ぶことができた。
しかし、赤字だらけで行く末間もないと感じたため、従業員の同意を得て取引先のひとつの会社に売却しました。
お金と法律のコンサルティング業構想
学生時代から構想していた、「お金と法律のコンサルタント業」を立ち上げるべく、数年間続けていた司法試験の勉強に本格的に取り組む。
学生時代を含め計7年の勉強の末、体と心を病んだため司法試験をあきらめる。
しかし、この間にも派遣社員として保険の販売店で働いて保険の知識を身に着けたり、「宅建」「行政書士」「FP」の資格を取得していました。
職歴:サラリーマン期

サラリーマン社畜期
心を深く病み、自営業で食べていく自信を無くしていた為、現在も在籍している運送会社に一般職員として入社しました。
当時は、月の平均残業が140時間(休日出勤含む)で手取り20万円未満という超絶ブラック企業でした。
見込み残業制だったので、120時間以上残業しないと残業代がもらえない仕組みでした。
さらにパワハラも酷く、上司が部下を罵倒する声が聞こえない日はありませんでした。
オーナー社長のワンマン会社の為、誰も社長に意見することができず、上司も有能な人から他の会社に好条件で引き抜かれていきました。
もちろん、新卒社員を含め中途採用の同期社員もどんどん辞めていきました。
長時間労働により莫大な仕事量をこなした事、及びライバルが不在になったことからトントン拍子に出世をすることができました。
サラリーマン・改革期
ワンマン社長が他界したことにより、代替わりが行われ大規模な労働改革が行われました。
この労働改革により、ブラック企業からホワイト企業に生まれ変わることができました。
3年間かけた取り組みの結果
残業時間の短縮
一般職員の平均残業時間が、80時間程度→20時間程度に減少しました。(見込み残業の為、給料はそのまま)
トラックドライバーの平均残業が、80時間程度→40時間程度に減少しました。(その分残業代が減少)(減少した残業代は基本給upで補填)
完全週休2日制の導入
ワークライフバランスを確保する為に、業界に先立って完全週休2日制が導入されました。一般職員及び管理職は休日が増えて歓迎されました。しかし、手当が目的で休日出勤していた一部のトラックドライバーからは不満の声が上がっていました。
これからの取り組み

大規模な労働改革により、私の勤める会社はブラック企業からホワイト企業に生まれ変わることができました。
しかし、依然としてブラックな体質の運送業が存在するのも事実です。
その一部のブラック企業及び、マスメディアを中心とした運送業への悪いイメージ作りのせいでトラックドライバーになる方が年々減少してきています。それが悲しくてなりません。
私は、運送業という仕事そして、トラックドライバーという仕事に誇りを持っています。
このブログを通して、運送業そしてトラックドライバーという仕事への誤解を解き、みなさんがトラックドライバーとして幸せに働けるようにお手伝いしたいと思っています。
これからも有益な情報を発信していきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。